MOTOさんの
きまぐれTokyoライブレポートVol.9

 MOTOさんからライブレポート第9弾を送って頂きました。MOTOさん、いつもありがとうございます。この記事に関するご意見、ご感想はゲストブックへお願い致します。


 『ジャズのライブは本能で聴け!(意味不明)』をモットーに、様々なジャズライブを出たとこ勝負の極私的見解でお伝えしております。お暇な方はご覧あれ。
さて今回はアメリカのロバ・サクソフォン・カルテットと以前もレポートしました早坂紗知率いるブラックアウトの共演、いわば『日米フリージャズ・ナイト』。そしてこちらもアメリカからやって来た、世紀末の天才SAX奏者・ジェームス・カーターの『NEW YORK UNIT』でございます。 

 ※文中敬称略


◯Rova Saxophone Quartet &Black out 
1999年10月13日 江古田BUDDY 

ROVA SAXOPHONE QUARTET
ジョン・ラスキン(bs) ラリー・オークス(ts.sn) ブルース・アクリー(ts.ss)
スティーヴ・アダムズ(as.sn)
BLACK OUT
早坂紗知(as.ss) 林栄一(bs) 津上研太(as.ss) 竹内直(ts) 永田利樹(b) 

『えっ、ロバ(動物)がジャズを演奏するの?』・・・というお約束の寒いボケを自分でかましたところで、ロバ・サクソフォン・カルテットについて簡単に紹介しておこう。(以下はロバの日本語版ホームページより抜粋させいただきました。
ロバのHPはこちら→http://www.rova.org/aboutrova/jrova.html
それから早坂紗知のHPはこちら→http://village.infoweb.or.jp/~fwgk4145/select.html

《Rova Saxophone Quartet》 77年10月、サンフランシスコで結成。当初より現代音楽、フリー・ジャズの即興演奏に触発された作曲・演奏活動を行う。北米・ヨーロッパ各地で精力的に活動し、83年には米国の現代音楽グループとして初のソ連ツアーを行い、成功をおさめた。 主な共演者はクロノス・カルテット、バークリー交響楽団、フレッド・フリス、ジョン・ゾーン、ヘンリー・スレッドギル、ヘンリー・カイザー、ローレンス・"ブッチ"・モリス、ティム・バーン、ジャック・ディジョネット、テリー・ライリー、アンソニー・ブラクストンなど。結成後22年にして今回の初来日を果たした。 世界的に高い評価を得ているグループである。

・・・四頭のロバ達がサックスを吹きまくっているイメージに悩まされつつ、見知らぬ街、江古田に到着。ライブハウス江古田BUDDYは駅前のパチンコ屋の地下だ。なかなかアメリカンな広い店内で、良い雰囲気。ステージにはウッドベースだけが横たわっていて、他にはピアノもドラムも無くガランとしている。そう、今夜はサックスばかりのライブなのだ。

店内の照明がすっと暗くなり、客席のざわめきが消えると、ステージ下手からサックスの音が沸き上がった。ブラックアウトのメンバー4人がサックスを吹きながら入場してくる。位置についたところでリーダーの早坂紗知が「…譜面忘れた」と控え室に走る。店内笑い。もう一度入場のテーマ(?)が演奏されtて、いよいよ1st set、ブラックアウトの演奏が始まる。

本日のメンバーは、アルト・ソプラノに早坂紗知、同じく津上研太、バリトンに林栄一、ウッドベース永田利樹、そしてテナーは竹内直。フリーインプロビゼーションとなればやはりこの人しかいないでしょう。1曲目は林栄一のオリジナルで、初演とのこと。演奏が始まる。コキザミに急発進・急停止・急旋回するような、どうやってテンポを合わせているのか解らないテーマの後、全員で高速インプロビゼーションに突入。どこまでが譜面でどこまでが即興なのか?それぞれがバラバラに飛んでいったかと思うと、あっという間にピタッと編隊に戻って飛行しているのは相変わらずだが、以前新大久保サムデイで聴いたライブに比べて、演奏に異常な程の緊迫感がある。サムデイの時は選曲自体も『客が楽しめる』ものだったが、この夜のブラックアウトは、メンバーそれぞれが、なんというか骨格をむきだしにしたようなプレイで、お互いの出す音を必死に聴きながら、よけいなもの一切なし、一瞬のミスで空中分解という極限状態的即興演奏を展開している。自由な即興なのにミスが許されないとは奇妙なことだが、これはブラックアウトの演奏自体に強いベクトルがあるからで、コースを間違えた瞬間に『演奏から離脱→脱落』になってしまうからなのだ。

どうやらこの間のサムデイのライブが『お客さんに楽しんでもらいまっせモード』ならば、この晩のブラックアウトは『わしら今夜はちょっとマジだかんねモード』らしい。さらに凄いのは、メンバー全員にはなから『まとめよう』という意識がないらしいことで、テーマが再び現れて無事に着地できるまで、冗談ではなく本当に手に汗握ってしまうのだ。これではまるで着弾点データのない巡航ミサイル。どうも軍事兵器的比喩になって申し訳ないが、トドメに言わせてくれ、竹内直は『インプロ核弾頭』(爆)。続けて早坂のオリジナル『226』が演奏される。こちらも凄い演奏内容だった。短いテーマの後、1st setは終了。これほど密度の濃い、創造的かつスリリングな即興演奏は初めて聴いた。それは、5人のプレイが、ただテンションが高いだけでなく、音で無数のレイヤーを重ねていくような複雑で精密なものでもあったからだ。正直感動してしまった。『意心伝心』というコトバが思い浮かぶ。

2nd setが始まる。ロバ・サクソフォン・カルテット(以下ロバ)はやはりロバではなくて4人の大柄な白人達だった。そのうちの一人はどうみても白髪ボサボサの『マッドサイエンティスト』(爆)。彼がリーダー格のLarry Ochsだ。特徴的なのは、二人がソプラニーノに持ち替えること。より高音域での表現を狙っているのだろうが…あまりよく判らなかった。ブラックアウトを聴いたあとでは、耳があの強烈なスピードに慣れてしまっていて、ロバの演奏の中の現代音楽的な『間』がつらくなってしまう。繰り返されるミニマルなパターンも心地よい眠りを…おっといけねえ、貴重な演奏だ、しっかり聴かねば。…ジャズではなく、やっぱり現代音楽だな。うねるようなリズムがない。

といいつつ、いよいよ3rd set、ロバ&ブラックアウトの共演だ。ほとんどぶっつけ本番だったらしいが、それぞれグループのオリジナルを全員(8サックス+1ベースの9人)で演奏するうちに、どんどん息が合って来るのが面白かった。ラリーと早坂が合図を出し合いソロイストの指定や曲の構成の誘導をする。ソロは必ず両グループから一人ずつ、2人1組で指定され、突然の日米ソロバトルとなるが、ケンカの様に吹きまくっていてもソロが終わるとお互い目と目があってニッコリ、という場面など見てしまうと、『音楽は世界共通語』という標語にも素直にうなずくしかない(笑)。

非常に貴重な『音楽のうまれる場』に立ち会えた、というのが感想だが、個人的にはブラックアウトの演奏に圧倒された。純粋に『演奏そのもの』に感動したのはヴインセント・ハーリング以来ではある。しかし、こーいう素晴らしい音楽を創った次の晩には、彼等はまた別の場所で違う音楽を創造しているわけだ・・・いや、ほんとに、ミュージシャンというのはすごい人種です。はぁ〜。


◯NEW YORK UNIT 
1999年11月9日 新宿ピットイン

ジェームス・カーター(ts.ss)
 ジョン・ヒックス(p)
リチャード・デイビス(b)
中村達也(ds)

新宿ピットインは久しぶり。かねてから聴きたかったジェームス・カーターが出演ということで楽しみにしていたのだが、仕事で遅れてしまった。残念。店に入ると、ちょうど1st setが終わったところだった。店内はさすがに満員だ。客をかきわけながらジェームス・カーターがカウンターの方に歩いていく。灰色に白のストライプの洒落たスーツを着ていて、背が高くスマートで頭がちいさい。傍らを通る時、鼻歌を歌っているのが聞こえた。『ドゥビ・ドゥビ・ドゥー、ケケッ』。

時間となり楽屋からミュージシャンがステージに登場。ピアノのジョン・ヒックスとベースのリチャード・デイビスは、二人ともかなり年配の黒人で、リラックスした中にも貫禄を漂わせている。ジェームスは長い手足をカクカクさせて、なんだか操り人形のように剽軽な動きで登場。テナーもソプラノも相変わらず黒のヤマハのようだ。マウスピースはどちらもロートン(メタル)。ベテランに囲まれて若いカーターがますますやんちゃに見えてくる。ステージ上での言動もちょっとユーモラスでコミカルなところがある。

2nd setが始まる。一曲目の『オー・プリヴァーブ』でジェームスのソプラノがいきなり全開だ。循環呼吸奏法の絶叫するようなハードなソロで、客席は盛り上がる盛り上がる。ジェームスの循環呼吸奏法はフレーズが途切れなくどんどん流れていくというよりも、どこまで息が続くの?とハラハラさせるようなタイプで『ノン・ブレス』と言った方がイメージに近いかも知れない。音色は「チャルメラ系」または「ニワトリ・コケコッコー系」あるいは「馬のいななき系」。ジェームスのサックス・コントロールは常識では考えられないレベルのもので、グロートーン、フラジオ、スラップタンギング、ディレイのようなハーフタンギング、意図的に出すリードミス、潰れた音、すすりあげる音、その他いろいろゴッチャゴチャに混ざり合った形容しがたいサウンドを『楽音』として使ってしまう。擬音的には『ぎゅわぶるすぺったいんぺきゅぴべるぼ』ってますますワケ判らなくなってしまった(笑)。とにかく実際にサックスを吹いている人ならこんな風に跳躍しまくりながら吹くことがどれだけ技術的に難しいか理解していただけると信じます。しかもこれはフリージャズではなくて、バックはちゃんと通常のフォーマットで演奏を続けている中でのソロなんですね。メチャクチャに逸脱しているようで、すべてコントロールしている…並の力量じゃ出来ないでしょう。演奏が高揚してくるとジェームスのソプラノを振るアクションがますます激しくなり、ほとんどケイレン状態になる。観客も大興奮。全員が一丸になってクライマックスに登り詰め、一曲目がフィニッシュ。大歓声。いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜凄かった。ソロの間ほとんど笑いっぱなしだった。やっぱりクレイジーだ。サックスを吹くことにな〜んの制約もないことがよ〜く判った。イヤホンマ。

このあと3曲演奏されたが、ピアノとベースのデュオがあったり、長すぎるドラムソロがあったりと、ジェームスがメインで吹きまくるということは無かった。あ、そうかこれは『NEW YORK UNIT』なのだった。4人が対等なのだ。ひたすらサックスを聴きに来た自分としてはとても不満足だったが仕方ないか。ジェームスはテナーも吹いたが、最初のソプラノが凄すぎた。あの汽笛の擬音で始まる『A列車で行こう』もやったがCDの演奏を薄めた感じなのは否めない。2nd setの途中から演奏の熱が逃げてしまい、なんだかちょっと寒かったなー。アンコールも短くあっさりと終わってしまった。どうも予想外の展開になった。まぁ『生カーター』が見れて、ソプラノの超絶プレイが聴けただけでも充分だったといえるかな。でもこういう演奏ばかりでは、1週間お客は呼べないだろう。音楽の魅力とはまた別物だからなぁ。

※追記:『生カーター』を聴いてちょっと感じたことは、ジェームスがあれだけ逸脱してもトラディショナルなジャズのフォーマット上にいられるのは、ブラック・アメリカンとして「ジャズの歴史」を全身に受け継いでいるからかもしれない。こういう表現は好きではないが、「ジャズの歴史」を「ジャズの血統」といっても良いかもしれない。実際にスタンダードからの引用は自由自在だったし、そういった時は客も喜ぶから、ちょっとしたサービスなのかも?ただこういった器用さが、音楽性の上でかえってネックになっている部分もあるような気もするなぁ。老婆心ながら。それからジェームスのサウンドは、非常に肉声に近く、極言すれば『ドゥビ・ドゥビ』言ってる『鼻歌』の延長線上にあるような気がする。『ぎゅわぶるすぺったいんぺきゅぴべるぼ』って、サックスでは困難でも声に出せば意外に歌えるもんでしょう。え、歌えない?ん〜、確かに(爆)。そう、ボビー・マクファーリンが即興でやるスキャットみたいな感じで!って、それができればねぇ(苦笑)。とりあえず、軽くリズムをとりながら黒人ぽく言ってみましょうか?『ヨー!メーン!…ワァッツ・ハプン?』ん〜Hip-Hop聴いてる?


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