第32回 音の抜け

 メールで下のようなご質問を頂きました。

Q.「私の楽器なんですが、左手で操作する部分、(ソラシドあたり)の音と右手の方の部分(ドレミファ)特にオクターブキーを押したあたりのの音がどうしても音質が違うのです。最近これをどうにかしようと努力してきましたが、なんとも上手くいかないので。どうしようか?と思っていたのです。
 抜けは音量のバランスにも影響してきますし。ロングトーンによって音の抜けが変わってくるとありましたが、楽器が変化してくる、ということなんですか?」

今回はこの「音の抜け」について考えてみましょう。


 「この楽器は全体に良くヌケてるね」、「中音のDがツマってるよ」・・・このような会話を耳にした事はありませんか?
楽器の鳴りは常に変化していきます。時間をかけて吹けば吹くほどだんだん金属自体が響きやすくなり、いわゆるヌケる(通る)音へと変わっていくわけです。見た目には金属が変化していく様は分かるものではありませんが、確実にヌケる、ツマるという現象はおきます。ツマる音とは、ベルの中に布を入れて吹いている時のように音がこもったような感じになります。
では、ヌケる、ツマらない楽器へと自分の楽器を育て上げるにはどうしたらよいのでしょうか?

1.ロングトーン

 新しい楽器は、新しい靴と良く似ています。最初は足に馴染まなくてどこか痛かったり歩きにくかったりしますが、履き慣れると靴を履いている事自体を意識しないようになっていきますよね。楽器の場合、毎日吹いたとしても半年から1年くらい経たないといわゆるヌケた状態にはなりません。丁寧に全音域のロングトーンを行い、ムラなく金属を振動させてやる必要があります。ヌケるとは金属自体が息に対して振動し易くなっていき、響きやすくなるということなのです。
楽器をヌクためのロングトーンは特に低音域を意識的に多めにします。やはり管長が長い状態で吹きこむ事によって管全体を振動させる事が出来るからです。かといって高音域をないがしろにしてもいけません。管長が短い状態とは響きにくいということですから、それはそれで別に練習してやる必要があるのです。

2.中音のD

 質問メールにもあるように「中音のD」は木管楽器(フルート、クラリネット等)全体に共通して響きにくいという特徴があります。意識せずに吹いてしまうと音ヌケも悪く「ム〜〜」という感じに聞えてしまいます。構造的に低音と高音の繋ぎ目となる一番中途半端な音なんですね。
中音のDは意識的に喉を開け、明るい響きを作るようなイメージでロングトーンを集中的にしてやる事が必要です。特にサックスの場合、この中音のDは音程も高くなってしまうという構造上の宿命を背負っていますので、ピッチも低めにコントロールしながらヌイていく(音程を作っていく)ことがポイントとなってきます。
また1.で述べたロングトーンをする際にオクターブキーを使用しない左手(ソラシドあたり)の音域の響きを腹圧を掛けて太くして、この中音のDの音圧に近づけてやるという努力も必要です。管長の短い分、音の響きをブレスコントロールで補ってやるわけです。

3.ヌケの良い音を目指すために

 出来るだけ広い空間で吹く機会をつくりましょう。決して大きな音で吹きなさい、という意味ではありません。音は空気振動で伝わるモノですから、なるべく広い空間で空気を振動させて遠達性のある音を体感する事が大切です。例えば2000人くらいのキャパのある大ホールの2階席の一番後ろに座っている人にも、ベルの先から出た音が(例えピアニッシモでも)ナマで直接聞える、というようなイメージです。
自分の周りだけで鳴っている音だけで満足してはいけません。ヌケの良い音はレーザー光のように広がらずにどこまでも飛んでいく、というイメージを持って欲しいのです。

 楽器は吹き手が育て上げる物です。音ヌケの良し悪し、音程、音色などどれを取っても楽器のせいではなく、吹き手の問題の方が多いと私は思います。この問題は単にロングトーンをすれば良い、と言うことではなく、あらゆる奏法とも密接な関係があります。
皆さんも、改めて自分の楽器を吹くときに客観的に音を聴いて、ツマった音や変な音程の音がないかどうかチェックしてみて下さい。
 また、楽器を倒したり、落としたりするとその衝撃で金属の振動の伝達経路が壊されてしまい、せっかく育て上げた楽器の鳴りが全く変わってしまうということも良くありますので、取り扱いにはくれぐれも注意しましょう。

 余談ですが、現行の楽器は昔の楽器(セルマーでいうとMarkVIやMarkVII)に比べるとヌケるまでの時間が大分少なくてすむような気がします。これが良いのか悪いのかはまた一論争ある所ですが、昔の楽器は買ったその日にステージに持って上がれるような物ではなかったな〜(独り言でした)。


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